東京地方裁判所 平成11年(ワ)16806号 判決 2000年8月31日
第一事件原告(第二事件被告、以下「原告」という。) B山株式会社
右代表者代表取締役 A野二郎
右訴訟代理人(第一、第二事件)弁護士 鳥海哲郎
右訴訟復代理人(第一事件)弁護士(第二事件訴訟代理人弁護士) 鯉沼希朱
右訴訟代理人(第一、第二事件)弁護士 道下崇
同 新家寛
右訴訟代理人(第一事件)弁護士 鈴木学
同 永田早苗
第一事件被告(第二事件原告、以下「被告」という。) 株式会社 第一勧業銀行
右代表者代表取締役 杉田力之
右訴訟代理人(第一、第二事件)弁護士 関口保太郎
同 古館清吾
同 脇田眞憲
同 冨永敏文
同 吉田淳一
主文
一 被告は、原告に対し、別紙物件目録一1記載の建物についてなされた別紙登記目録記載の根抵当権設定登記について、抹消登記手続をせよ。
二 被告は、原告に対し、別紙物件目録一2記載の地上権についてなされた別紙登記目録記載の根抵当権設定登記について、抹消登記手続をせよ。
三 被告は、原告に対し、金七一九五万八二二〇円及びこれに対する平成一二年四月一二日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
四 原告の被告に対するその余の第一事件請求を棄却する。
五 被告の原告に対する第二事件請求を棄却する。
六 訴訟費用は、第一、第二事件を通じ、これを五分し、その一を原告の負担とし、その余は被告の負担とする。
七 この判決は、第三項に限り仮に執行することができる。
事実及び理由
第一請求
一 第一事件
1 主文第一項同旨
2 主文第二項同旨
3 被告は、原告に対し、金一億二三六五万九七三五円及び内金四八五〇万円に対する平成一〇年七月三日から、内金七五一五万九七三五円に対する平成一〇年七月一五日から、各支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
二 第二事件
原告は、被告に対し、金五二九六万三六九一円及びこれに対する平成七年一月六日から支払済みまで年一四パーセントの割合による金員を支払え。
第二事案の概要
原告は、被告が三戸の原告所有建物(いずれもマンションであり、敷地権としての地上権又は所有権の持分権を含む。)に対して有する根抵当権設定登記について、いずれも登記原因の存在を否定し、競売による売却が実施されていない一戸については、被告に対し、その抹消登記手続を求め、競売による売却が実施され、被告が右根抵当権に基づいて配当を受けた二戸については、被告に対し、主位的に不法行為による損害賠償を、予備的に不当利得の返還を求めるものである(第一事件)。
被告は、原告が連帯根保証契約を締結したとして、原告に対し、その保証債務の支払を求めるものである(第二事件)。
一 前提事実
1 原告の役員及び株式の帰属等
(一) 原告は、昭和三〇年五月七日に、A野太郎(以下「太郎」という。)が設立した不動産売買業、不動産管理及び賃貸業等を営む株式会社である(《証拠省略》)。
(二) 原告の代表取締役は、設立以来、太郎であったが、太郎は昭和五六年一一月二二日に死亡し、太郎の妻であるA野花子(以下「花子」という。)が代表取締役となった。その後、昭和五八年一月二五日に太郎と花子との間の子であるA野二郎(以下「二郎」という。)が代表取締役に就任し、現在に至っている。
(三) 原告の取締役は、昭和五九年七月二〇日までは、二郎、花子、二郎の兄であるA野一郎(以下「一郎」という。)及びC川松夫(以下「C川」という。)の四名であったが、昭和五九年七月二〇日にC川は取締役を辞任して監査役に就任し、その代わり、それまで監査役であったD原竹夫(以下「D原」という。)が取締役に就任した。その後、昭和六〇年一月二五日にD原は取締役を退任したので、以後、現在に至るまで、二郎、花子及び一郎の三名が取締役となっている。
(四) 原告の監査役は、昭和五九年七月二〇日以降、C川が務めていたが、C川は、平成三年二月二五日に退任し、同日、花子の実弟であるE田梅夫(以下「梅夫」という。)が監査役に就任し、現在に至っている。
(五) 太郎の存命中は、原告の発行済株式総数四万株のうち、三万四〇〇〇株を太郎が、六〇〇〇株を花子が有していたが、太郎の死亡により、太郎の有していた株式は、二郎と一郎が一万七〇〇〇株ずつ相続により取得した。
2 原告の所有不動産
太郎は、原告のほかに、航空貨物の運送を取り扱う株式会社A田(以下「A田」という。)を経営しており、A田の経営で得た収入で不動産を購入し、これを売買を原因として原告に移転した。別紙物件目録記載一から三までの不動産(いずれもマンションとその敷地権、以下それぞれ敷地権も含め、二郎に、「左門町の物件」、「富ヶ谷の物件」、「白金台の物件」といい、合わせて「本件三物件」という。)のうち、左門町の物件は、そのようにして原告の所有となったものであった(昭和五六年一月一七日売買)。本件三物件のうち、富ヶ谷の物件は、太郎死亡時にはA田の所有名義になっていたが、その後、昭和五八年一一月二八日に同月一七日売買を原因として原告に所有権移転登記がなされた。本件三物件のうち、白金台の物件は、A田とは関係なく、太郎死亡後に原告が購入した(昭和五七年三月一一日売買)。原告は、本件三物件のほかに、南麻布、乃木坂及び軽井沢に不動産を所有していた(以下それぞれ、「南麻布の物件」、「乃木坂の物件」、「軽井沢の物件」、という。)が、そのうち、南麻布の物件及び軽井沢の物件は、太郎存命中から原告が所有していたものであるが、乃木坂の物件は、太郎死亡後に原告が購入したものであった。そして、南麻布の物件は、太郎死亡後間もなく、原告の借金を返済するために売却し、乃木坂の物件は、平成元年ころ、梅夫個人に約二億五〇〇〇万円で売却し、軽井沢の物件は、平成八年一一月に第三者に売却した。原告が太郎死亡後に白金台の物件及び乃木坂の物件を購入したのは、南麻布の物件の売却代金が借金を返還してもなお余剰が出たため、その余剰金で賃料収入を得るために購入したものであった。なお、右各原告所有物件のうち、富ヶ谷の物件と軽井沢の物件は、第三者に対する賃貸に供されておらず、富ヶ谷の物件は、A田の所有名義になっていたころから、太郎の家族の住居として使用され、軽井沢の物件は、別荘であり、原告の保養施設として原告の関係者が利用していた。富ヶ谷の物件は、原告が所有名義を取得した後は、代表取締役である二郎に対し、社宅として賃貸された形になっていた。
3 原告の業務遂行の態様
(一) 原告は、当初、航空貨物等の代理店業務と日常雑貨等の輸入業務を行っていたが、A田が設立されてからは、主として、不動産の売買、賃貸を業とするようになった。
(二) 原告の所有不動産の管理は、太郎存命中から(太郎は、癌で長く入院していた。)、D原が中心になって行っており、昭和五六年一一月に太郎が死亡した後も、昭和六〇年一月までは、D原が管理を継続していた。
(三) また、太郎存命中の昭和五六年八月から、公認会計士であり、税理士である田村元克(以下「田村会計士」という。)が顧問公認会計士兼税理士として原告の経営に関与するようになった。
(四) 原告の本店所在地は、中央区八重洲《番地省略》であり、D原が原告の所有不動産の管理をしていた昭和六〇年一月までは同所に事務所が存在し、D原が同事務所で原告の日常業務、すなわち、原告所有不動産の賃借人の入れ替わりの管理、賃料収入の管理、修繕の実施等を行っていた。
(五) 昭和六〇年一月、D原は高齢のために引退することになり、一郎及び二郎と田村会計士が相談し、原告の日常業務は、田村会計士がその会計事務所で行うことになり、原告の本店所在地にあった事務所は引き払われた。原告は、太郎存命中からその所有不動産の管理をサン商事という不動産会社(以下「サン商事」という。)に委任し、賃料収入の五パーセントを管理手数料として支払っていたが、田村会計士が原告の日常業務を行うようになっても、右委任が維持され、昭和六〇年一月以降、サン商事は、田村会計士に賃借人の入れ替わりや賃貸物件の修繕についての相談をするようになった。田村会計士は、サン商事からの相談に応じるとともに、原告の金銭出納、会計処理、決算書類の作成等を行った。原告の関係書類等は、D原が引退し、本店所在地の事務所を引き払った後は、原告の預金通帳、小切手帳等は田村会計士の事務所に保管し、原告代表者の記名印、実印(代表者印)、銀行取引印、実印(代表者印)についての印鑑登録カード、不動産の権利証等は富ヶ谷の物件に保管するようになった。
4 原告の取締役間の関係等
(一) 二郎は、昭和二九年六月一日生まれであり、原告の代表取締役に就任した昭和五八年一月二五日には、二八歳であった。二郎は、昭和五一年にアメリカの学校に留学し、昭和五七年にアメリカの大学の修士号を取得した。その後も、アメリカに居住し、働いており、現在は、アンセル・アダムスセンターで出版部長を務めている。しかし、二郎は、アメリカに居住するようになってからも、ほぼ毎年一回、日本に帰国し、短いときでも二週間程度、長いときは三週間から一か月程度日本に滞在した。昭和六一年七月八日から平成七年一一月二九日までの二郎の出入国日は、別紙「A野二郎の出入国日表」記載のとおりである。
(二) 二郎の兄である一郎は、昭和四六年にアメリカの学校に留学し、卒業後、アメリカに居住し、働いている。
(三) 花子は、大正一〇年五月四日生まれであり、一郎や二郎がアメリカに居住するようになっても富ヶ谷の物件に居住していたが、平成九年ころアメリカに渡り、以後アメリカに居住している。
(四) D原が取締役を退任した昭和六〇年一月二五日以降は、日本に居住する取締役は花子だけになり、原告代表者の銀行取引印は富ヶ谷の物件に保管されていたので、田村会計士は、サン商事に小切手で管理手数料を支払うため、富ヶ谷の物件を訪れ、花子から原告代表者の銀行取引印の交付を受けていた。
(五) 二郎、一郎及びD原は取締役として、原告から報酬を支給されていたが、花子は報酬を支給されていなかった。富ヶ谷の物件の賃料は、二郎の報酬から控除される形で原告に支払われていた。
5 梅夫及びその経営する会社と原・被告との関係
(一) 梅夫は、前記のとおり、花子の弟であるが、昭和四七年六月一日、主として焼鳥店の経営を目的とする株式会社B野(以下「B野」という。)を設立し、その代表取締役となり、さらに、昭和六一年一一月二九日、B野の節税対策として、同じく主として焼鳥店の経営を目的とする有限会社C山(以下「C山社」という。)を設立し、その取締役となるとともに、妻であるE田一江を同社の代表取締役とした。
(二) B野は、開業以来、平成三年ころまで、順調に売上を伸ばし、売上のピークであった平成三年には、直営店だけで六億一〇〇〇万円の売上があった。店舗数も、最も多い時期には、直営店が六店舗、フランチャイズ店が一五店舗あり、ソウル、シンガポール、ロサンゼルス、サンフランシスコ、カナダ、デンマークにも直営店あるいはフランチャイズ店を有していた。しかし、いわゆるバブル経済の崩壊による売上減少等により、資金繰りが苦しくなり、平成四年四月には、被告からの借入金の返済が滞るようになった。B野は、被告のほか、国民金融公庫や環境衛生金融公庫等から運転資金や設備資金を借り入れてさらに新店舗の拡充を図ったが、資金繰りが苦しくなり、閉店する店舗が増加し、平成九年の売上は、二億七〇〇〇万円にまで落ち込んだ。B野と経営的に一体であるC山社も同様な状態になった。そして、梅夫は、平成一〇年六月三〇日、東京地方裁判所において破産宣告を受けた。現在、B野はD川三郎が代表取締役となって、細々と営業を継続しており、C山社も同様である。
(三) B野は、主として、株式会社第一相互銀行(以下「第一相互銀行」という。)及び株式会社三和銀行(以下「三和銀行」という。)と取引をしていたが、被告は、その取引先であった有限会社春日商会からB野の紹介を受け、昭和五八年四月にB野との預金取引を開始した。そして、直営店の業況が順調であり、フランチャイズ店の展開により今後の発展が充分見込めると判断して、第一相互銀行からの借入金の肩代わりを含め、いわゆるメインバンクとなることを目指して、B野への貸出を増額させた。そして、与信ピーク時である昭和六二年二月には、与信額が四億二五〇〇万円になった。被告は、株式会社三井銀行と取引のあったC山社についても、B野グループとの取引を深めるという観点から、昭和六三年九月から取引を始め、与信ピーク時である平成二年三月には、与信額が九〇〇〇万円になった。
(四) 原告が乃木坂の物件を平成元年ころ梅夫個人に約二億五〇〇〇万円で売却したこと及び梅夫が平成三年二月二五日に原告の監査役となったことは前記のとおりである。また、原告は、太郎が代表取締役であったころから、左門町の物件をB野に賃貸しており、右賃貸借契約は、二郎が代表取締役になった後も継続した。
6 本件三物件に対する担保権設定登記及び競売の経緯
(一) 本件三物件については、原告が取得してから、次のとおり担保権設定登記がなされている。各担保権設定登記がなされた際、本件三物件が原告の所有であったことは当事者間に争いがない。)。
(1) 左門町の物件について
東京法務局新宿出張所平成三年三月二八日受付第九六三二号
別紙登記目録記載の被告を根抵当権者、B野を債務者とする根抵当権設定登記(以下「本件根抵当権設定登記①」といい、この登記のされた根抵当権を「本件根抵当権①」という。この登記が存在することは当事者間に争いがない。)
(2) 富ヶ谷の物件について
(ア) 東京法務局渋谷出張所昭和六〇年二月二〇日受付第四五五〇号
左記根抵当権設定登記(以下「第一相互銀行根抵当権設定登記」という。)
記
原因 昭和六〇年二月一五日設定
極度額 三〇〇〇万円(昭和六一年五月一六日受付第一五五五八号で六〇〇〇万円に変更登記)
債権の範囲 相互銀行取引 手形債権 小切手債権
債務者 B野
根抵当権者 第一相互銀行
(イ) 同出張所昭和六一年一〇月八日受付第四七九五号
昭和六一年一〇月一日解除を原因とする第一相互銀行根抵当権設定登記の抹消登記
(ウ) 同出張所昭和六一年一〇月八日受付第三四七九六号
左記根抵当権設定登記(以下「三和銀行根抵当権設定登記」という。)
記
原因 昭和六一年八月七日設定
極度額 六〇〇〇万円
債権の範囲 銀行取引 手形債権 小切手債権
債務者 B野
根抵当権者 三和銀行
(エ) 同出張所平成元年四月六日受付第一〇二〇六号
左記根抵当権設定登記(以下「本件根抵当権設定登記②」といい、この登記のされた根抵当権を「本件根抵当権②」という。この登記が存在したことは当事者間に争いがない。)
記
原因 平成元年二月二二日設定
極度額 六〇〇〇万円
債権の範囲 銀行取引 手形債権 小切手債権
債務者 B野
根抵当権者 被告
(オ) 同出張所平成二年一月八日受付第一八三号
左記順位変更登記(以下「本件順位変更登記」という。)
記
三和銀行根抵当権設定登記の根抵当権と本件根抵当権②の順位変更
原因 平成二年一月八日合意
(カ) 同出張所平成四年一一月四日受付第二六二六〇号
左記根抵当権設定登記(以下「平成四年根抵当権設定登記」といい、この登記のされた根抵当権を「平成四年根抵当権」という。)
記
原因 平成四年一〇月三〇日設定
極度額 四〇〇〇万円
債権の範囲 銀行取引 手形債権 小切手債権
債務者 B野
根抵当権者 被告
(キ) 同出張所平成八年一〇月四日受付第二二八九四号
本件根抵当権②について、左記根抵当権一部移転の付記登記(以下この登記上一部移転した本件根抵当権②を「本件移転根抵当権」という。この付記登記が存在したことは当事者間に争いがない。)
記
原因 平成八年一〇月四日一部代位弁済
弁済額 一八〇六万一一四七円
根抵当権者 東京信用保証協会
(3) 白金台の物件について
(ア) 東京法務局港出張所平成二年三月七日受付第七二九三号
左記根当抵権設定登記(以下「本件根抵当権設定登記③」といい、この登記のされた根抵当権を「本件根抵当権③」という。この登記が存在したことは当事者間に争いがない。)
記
原因 平成二年三月六日設定
極度額 六〇〇〇万円
債権の範囲 銀行取引 手形債権 小切手債権
債務者 C山社
根抵当権者 被告
(イ) 同出張所平成四年六月二二日受付第一四三二二号
左記根抵当権設定登記(以下「公庫根抵当権設定登記」という。)
記
原因 平成四年六月一九日設定
極度額 六〇〇〇万円
債権の範囲 金銭消費貸借取引 保証取引 保証委託取引
債務者 B野
C山社
根抵当権者 環境衛生金融公庫
国民金融公庫
(二) 本件三物件に対する競売の経緯は、次のとおりである(当事者間に争いがない)。
(1) 左門町の物件について
(ア) 本件根抵当権①に基づく被告の競売申立てにより、平成九年六月二三日に競売開始決定がなされた(東京地方裁判所平成九年(ケ)第二二四一号事件、以下「本件競売事件①」という。)。
(イ) 原告は、本件競売事件①について、競売手続の停止及び本件根抵当権①の実行禁止を求める仮処分を申し立て、三五〇万円の担保を立てたうえで、平成一〇年七月一七日、右仮処分決定を受けた(東京地方裁判所平成一〇年(ヨ)第四一九四号事件)。
(2) 富ヶ谷の物件について
(ア) 本件移転根抵当権に基づく東京信用保証協会の競売申立てにより、平成九年五月一三日に競売開始決定がなされた(東京地方裁判所平成九年(ケ)第一五九九号事件、以下「本件競売事件②」という。)。
(イ) 原告は、本件競売事件②については、競売手続の停止及び本件移転根抵当権の実行禁止を求める仮処分の担保の金額に相当する金銭を用意できず、仮処分の申立てを断念した。
(ウ) そこで、富ヶ谷の物件は、四八五〇万円で売却され、平成一〇年七月二日、競落人が売却代金及び必要経費を納付したので、富ヶ谷の物件の所有権は競落人に移転し、原告はその所有権を喪失した。
(エ) 被告は、本件競売事件②の配当として、二四七三万六三〇九円を受領した(以下「富ヶ谷被告配当金」という。)。
(3) 白金台の物件について
(ア) 本件根抵当権③に基づく被告の競売申立てにより、平成九年六月一八日に競売開始決定がなされた(東京地方裁判所平成九年(ケ)第二一六二号事件、以下「本件競売事件③」という。)。
(イ) 原告は、本件競売事件③について、競売手続の停止及び本件根抵当権③の実行禁止を求める仮処分を申し立てた(東京地方裁判所平成一〇年(ヨ)第三六二〇号事件)が、担保の金額に相当する金銭を用意できなかった。
(ウ) そこで、白金台の物件は、九四五二万円で売却され、平成一〇年七月一四日、競落人が売却代金及び必要経費を納付したので、白金台の物件の所有権は競落人に移転し、原告はその所有権を喪失した。
(エ) 被告は、本件競売事件③の配当として、六〇〇〇万円を受領した(以下「白金台被告配当金」という。)。
(オ) 原告は、本件競売事件③の剰余金として、一九三六万〇二六五円を受領した(以下「白金台剰余金」という。)。
(カ) なお、本件競売事件③で、国民金融公庫は、一三六四万七三七九円の配当を受けた。
二 争点(当事者の主張)
(第一事件)
1 左門町の物件についての本件根抵当権設定登記①の抹消登記手続請求について
(一) 請求原因(当事者間に争いがない)
原告は、左門町の物件の所有権を有し、被告は本件根抵当権設定登記①を有するので、その抹消登記手続を求める。
(二) 抗弁(本件根抵当権設定登記の登記原因である根抵当権設定契約の成立)
(1) 原告代表者である二郎との間の契約締結
(ア) 被告は、平成三年三月一九日、原告の代表者である二郎との間で、本件根抵当権設定登記①に記載されているとおりの根抵当権設定契約(以下「本件根抵当権設定契約①」という。)を締結した。
(イ) 本件根抵当権設定契約①の契約書(乙一、以下「本件根抵当権設定契約書①」という。)の根抵当権設定者欄には、二郎自らが原告代表者の記名印及び実印(代表者印)を押印したか、二郎の意思に基づいて、その指示を受けた者が押印したものであるから、本件根抵当権設定契約書①は真正に成立している。
(ウ) 本件根抵当権設定契約①が二郎との間で締結されたことは、次の事実からも推認される。
(a) 原告は、本件三物件のうち、富ヶ谷の物件について、昭和六〇年二月に第一相互銀行のためにB野を債務者とする第一相互銀行根抵当権設定登記にかかる根抵当権を設定し、昭和六一年八月に三和銀行との間で、B野を債務者とする三和銀行根抵当権設定登記にかかる根抵当権(以下「三和銀行根抵当権」という。)の設定契約を締結した(乙四七の一、以下乙四七の一を「三和銀行根抵当権設定契約書」という。)。
(b) 被告が原告から本件三物件について最初の根抵当権の設定を受けたのは、富ヶ谷の物件についての本件根抵当権②(平成元年二月二二日設定)であったが、本件根抵当権②の設定は、三和銀行からB野に対する貸付を被告が肩代わりするための担保設定であり、そのため、本件順位変更登記(平成二年一月)にかかる順位変更の合意(乙四七の二)により、三和銀行根抵当権と本件根抵当権②の順位が変更され、本件根抵当権②が第一順位となった。
(c) 三和銀行根抵当権設定契約書の根抵当権設定者欄の二郎の署名と右契約書作成の際に同時に作成された原告の取締役会議事録(乙四七の六、以下「三和銀行根抵当権取締役会議事録」という。)の出席取締役欄の二郎の署名の筆跡は同一であり、右各署名の筆跡は、二郎の署名であることに争いがない乙六号証(平成一〇年(ヨ)第三六二〇号仮処分命令申立事件において原告が提出した陳述書の一部)の二郎の署名及び本件訴訟における原告代表者尋問調書末尾に添付された二郎の署名の筆跡と酷似しているから、三和銀行根抵当権設定契約書及び三和銀行根抵当権取締役会議事録は、真正に成立し、三和銀行根抵当権は、二郎の意思に基づいて設定されたものというべきである。
(d) 二郎は、三和銀行根抵当権設定契約書及び三和銀行根抵当権取締役会議事録が作成された昭和六一年八月七日には、日本に帰国しており、この点からも三和銀行根抵当権設定契約書及び三和銀行根抵当権取網役会議事録の二郎の署名は、二郎自らが行ったものと考えられる。
(e) 本件根抵当権②は、このように、二郎の意思に基づいて設定された三和銀行根抵当権に基づく貸付の肩代わりを被告がするために設定されたものであるから、仮に本件根抵当権②の設定手続を実際に行ったのが花子であったとしても、三和銀行根抵当権の設定に自ら関与した二郎の意思の範囲内の行為である。
(f) その後、原告は、平成二年三月に白金台の物件に本件根抵当権③を設定し、平成三年三月に左門町の物件に本件根抵当権①を設定し、さらに、平成四年一〇月には、富ヶ谷の物件に平成四年根抵当権を設定するとともに後記第二事件請求原因記載のとおり、B野を主債務者とする根保証をした(以下「本件根保証」という。)ものである。原告は、この間、平成六年八月二六日にB野の連帯保証人として、平成元年七月二八日付け金銭消費貸借契約について、残債務二二三〇万円の弁済方法の変更を承諾し、平成六年一一月一一日には、B野の連帯保証人として、平成元年七月二八日付金銭消費貸借契約について残債務二二〇〇万円の弁済方法の変更を承諾した。
(g) 原告は、平成四年六月には、白金台の物件に環境衛生金融公庫及び国民金融公庫のために公庫根抵当権設定登記にかかる根抵当権を設定した。
(h) このように、原告は、B野を債務者とする多くの根抵当権を設定し、あるいはB野の債務を保証しているのであり、B野の代表者である梅夫が花子の弟で、平成三年から現在まで原告の監査役であることや、平成元年には乃木坂の物件を梅夫に売却したことなどから考えれば、右根抵当権の設定や保証は二郎の意思に基づくものというべきである。
(エ) 二郎は、平成八年一一月一八日、被告神谷町支店に来店し、「担保設定をしているA野です。」と述べ、被告の担当者との面談中も、担当者の説明に頷いていた。二郎が本件根抵当権①、②、③及び平成四年根抵当権の設定を否認するに至ったのは、それから一年数か月後であり、このことも、本件根抵当権①、②、③及び平成四年根抵当権の設定が二郎の意思に基づくものであったことを推認させるものである。
(2) 原告の代理人である花子との間の契約締結
(ア) 仮に、本件根抵当権設定契約①が原告の代表者である二郎によって締結されなかったとしても、花子が原告の代理人としてこれを締結したものである。
(イ) 仮に、本件根抵当権設定契約書①の根抵当権設定者欄の原告代表者の記名印及び実印(代表者印)が二郎の押印したものではないとしたら、花子あるいは、花子の意思に基づいて、その指示を受けた者が押印したものである。
(ウ) 二郎は、次のとおり、花子に対し、原告の業務の一切を一任しており、本件三物件について本件根抵当権①、②、③及び平成四年根抵当権を設定する権限やB野の債務を根保証する権限も与えていた。
(a) 二郎は、昭和五八年一月から現在まで原告の代表取締役ではあるが、昭和五一年からアメリカに居住し続けており、二郎の兄一郎も取締役ではあるが、昭和四六年からアメリカに居住し続けている。
(b) 原告は、原告の事業は、不動産賃貸であると主張するが、本件三物件のうち、富ヶ谷の物件は、花子が自宅として使用してきたものであり、左門町の物件は、B野に賃貸されており、賃料額の決め方も支払方法も曖昧なものであり、原告の事業としての賃貸に供されているとは言い難いものである。したがって、原告の事業の実質は、白金台の物件の賃貸のみであった。
(c) したがって、原告の事業の管理とは、白金台の物件の賃貸、管理及びそのための代表者印と所有不動産の権利証の保管と年一回の税務申告で足りたものであり、原告には、会社としての経営実態が存在しなかった。原告の株主及び取締役は、花子と二郎及び一郎の三名であるが、株主総会が開かれたことはなく、これまで取締役会が開かれた様子もない。原告の決算書は田村会計士が作成し、これについて監査役が監査することも、二郎が関与することもなかった。原告の決算とは、田村会計士が作成した決算書に花子が押印するだけであった。
(d) 原告の賃料収入は、取締役報酬名下に二郎及び一郎に送金され、乃木坂の物件の売却代金も花子と二郎及び一郎で分配されており、原告に計上すべき収入も実質上は、個人間で配分してきた。
(e) 原告の実態はこのように形骸化していたので、二郎は、原告の経営に無関心であり、二郎の代表取締役としての権限はまったく形式だけであり、原告の実質的権限は、太郎死亡後は、太郎の妻であり、二郎及び一郎の母である花子が掌握しており、二郎は、花子に本件根抵当権①、②、③及び平成四年根抵当権の設定権限や本件根保証をする権限も含めて、原告の業務の一切について権限を与えていたものである。
(3) 花子の権限についての民法の表見代理の類推適用
(ア) 仮に、花子が本件根抵当権①の設定権限も有していなかったとしても、花子は、原告代表者の記名印、実印(代表者印)、銀行取引印、実印(代表者印)についての印鑑登録カード、不動産の権利証等を保管し、原告の常務を管理する権限を有していた。
(イ) 花子は、その所持していた原告の実印(代表者印)及び二郎個人の実印を使用して、本件根抵当権設定契約書①、本件根抵当権①の設定を承認する平成三年三月一九日付取締役会議事録(乙三、以下「本件取締役会議事録①」という。)、登記用委任状等を作成し、印鑑証明書及び左門町の物件の権利証とともに被告に交付した。
(ウ) 被告は、右のとおり、花子から、当時、銀行実務上、法人が債務者のために物上保証をする際に徴求すべき書類とされていたものをすべて受領したので、これを真正に作成されたものであると信じた。
(エ) なお、被告が原告から本件三物件について最初の根抵当権の設定を受けたのは、前記のとおり、富ヶ谷の物件についての本件根抵当権②であったが、その際の被告の担当者である青木秀紀(以下「青木」という。)は、梅夫から、原告は実質上花子が経営していると聞いていた。
(オ) したがって、花子には本件根抵当権①の設定権限まではなかったとしても、花子が二郎に代わって二郎の名前で行った本件根抵当権設定契約①は、民法一一〇条あるいは同法一一二条と一一〇条の類推適用により、本件根抵当権設定契約①の効果は原告に及ぶ。
(三) 抗弁についての原告の反論
(1) 原告代表者である二郎との間の契約締結について
(ア) 二郎は、本件根抵当権設定契約書①に押印していない。また、二郎は、本件取締役会議事録①に署名していない。二郎は、本件根抵当権設定契約書①及び本件取締役会議事録①が作成された平成三年三月ころは、アメリカにいて、日本にはいなかった。本件根抵当権設定契約書①の押印は、花子が梅夫の指示に従って富ヶ谷の物件に保管されていた原告代表者の記名印及び実印(代表者印)を用いて行ったものであり、二郎は、まったく関知していない。本件根抵当権設定契約以外の被告主張の根抵当権設定契約、根保証等についても、二郎はまったく関知していない。
(イ) 三和銀行根抵当権設定契約書及び三和銀行根抵当権取締役会議事録の二郎名義の署名部分は、二郎が署名したものではない。
(ウ) 二郎は、平成八年一一月一八日に被告神谷町支店を訪問し、最初に担保提供や保証については、自分の知らないうちに行われたものであると明言しながらも、今日はそれを争いに来たのではなく、どのような担保提供が行われ、どのような保証が行われたかを教えてもらいに来たと述べ、原告がおかれた状況を確認して帰ったものである。
(2) 原告の代理人である花子との間の契約締結について
(ア) 花子は、原告の取締役であるが、取締役報酬の支給も受けていない名目的な取締役にすぎない。単に法定の取締役人数を満たすために平取締役に名前を残しているにすぎない。
(イ) 二郎が原告の代表取締役に就任した後、二郎はアメリカに居住していることから、昭和六〇年ころ、原告の運営方法が二郎、一郎、田村会計士及びD原の間で協議され、原告の日常の会社運営業務は田村会計士が行うこととされた。右協議には花子は参加していない。
(ウ) 原告の日常業務は、その所有不動産を賃貸することであり、それに伴う事務は田村会計士が行っており、必要に応じて田村会計士が二郎に相談していたので、花子が関与することはなかった。
(エ) 二郎が原告の代表取締役に就任してから生じた原告の非日常的業務は、平成元年ころの乃木坂の物件の売却だけであったが、右売却は、二郎が直接関与、決定して行われた。
(オ) 富ヶ谷の物件は、太郎の死後、二郎が賃借料を原告に支払って社宅として借り受けているものであるから、富ヶ谷の物件に保管されていた原告の記名印、実印(代表者印)、原告所有不動産の権利証等は、二郎が自宅に保管していたものである。富ヶ谷の物件は、花子にとっても自宅であったことは否定できないが、二郎にとっては、帰国時の拠点であり、多数の個人所有物を置いている。
(カ) したがって、花子が本件三物件について根抵当権を設定したり、B野の債務の根保証をする権限を二郎から与えられたというようなことはあり得ない。
(3) 花子の権限についての民法の表見代理の類推適用について
(ア) 右(2)記載のとおり、花子は、原告の業務について、何らの権限も有していなかった。したがって、民法の表見代理の規定が類推適用される前提が欠けている。
(イ) 次のとおり、被告には、花子に本件根抵当権設定契約①を締結する権限があると信ずべき正当理由が存しない。
(a) 本件根抵当権設定契約①の締結にあたっては、債務者であるB野の代表取締役である梅夫を介して花子から必要書類が徴求されたものであり、被告の担当者は二郎だけでなく、花子にも会っていない。また、面談していないだけではなく、電話でも話していないし、手紙や葉書も出していない。
(b) B野やB野の関連会社であるC山社の所有する不動産あるいは梅夫の所有する不動産には、担保権が設定されており、平成元年の時点ですでに担保余力はなかった。
(c) 本件根抵当権設定契約①は、原告の重要な資産である左門町の物件を処分するものであり、原告には何らの利益もなく、一方的な不利益を原告に課すものであるから、被告としては、主債務者を介するのではなく、直接原告代表者である二郎に担保提供意思の有無を確認すべきであった。そして、右確認は二郎に電話を掛ければよいだけの容易なことであった。ところが、被告は、その労を惜しみ、二郎に担保提供意思の確認をしなかった。
(d) 被告は、花子から(梅夫を介して)、当時銀行実務上、法人が債務者のために物上保証する際に徴求すべき書類とされていたものをすべて受領したので、これをもって原告の担保提供意思の確認として十分であるとの趣旨の主張をしているが、法人であるから個人とは異なって直接の意思確認が不要であるとはいえない(当時の被告の意思確認記録書(乙八)は、法人用も個人用も同じ書式を使用している。)。
(e) 被告は、本件取締役会議事録①を徴求したことをもって、原告の担保提供意思確認の根拠とするが、取締役会議事録の徴求は、直接の意思確認の代わりにはならないし、仮に法人の場合、一般には直接の意思確認の代わりになり得るものと解するとしても、本件取締役会議事録①は、次のとおり、直接の意思確認の代わりにはならない。
① 本件取締役会議事録①において、取締役会が開かれたとされている平成三年三月一九日には、二郎は、アメリカにおり、取締役会が開かれておらず、取締役会決議が存在しないことは明らかである。梅夫は、原告から本件三物件について最初の根抵当権の設定を受けた富ヶ谷の物件への本件根抵当権②の設定の際、二郎はアメリカにいるから取締役会が開けないと説明している。
② 被告は、富ヶ谷の物件への本件根抵当権②の設定の際、梅夫に対し、取締役会議事録のひな形を交付しており、梅夫は、本件取締役会議事録①を作成する際も、右ひな形に従ってB野の従業員に本件根抵当権設定契約①に即してタイピングさせ、花子に押印をしてもらった。被告は、梅夫に取締役会議事録のひな形を渡しているのであるから、梅夫において右のように都合のよい取締役会議事録を作成することは容易に予想し得た。
③ 被告は、梅夫から交付を受けた本件取締役会議事録①の原因欄及び末尾に被告のゴム印を押して日付を入れた(右日付印は、被告作成文書である乙八号証に押された日付印と同一。)。
④ 以上のとおり、被告は、本件取締役会議事録①に相当する取締役会が開かれておらず、取締役会決議が存在しないことを知り、あるいは知り得べきであったのに、とにかく議事録の体裁をしている書面を作成すればよいとの意識で梅夫から本件取締役会議事録①の交付を受けたものである。
(四) 再抗弁(被告が取締役会決議の不存在を知り又は知り得べきであったこと)
(1) 左門町の物件は、原告の総資産の重要な部分を占める資産であり、これにその価額以上の金額を極度額とする根抵当権を設定し、第三者のために担保として供する行為は、商法二六〇条二項一号の「重要ナル財産ノ処分」に該当するから、取締役会の決議を要する。
(2) (三)、(3) (イ)、(e)記載のとおり、左門町の物件に本件根抵当権①を設定するにあたっては、原告の取締役会決議は存在せず、被告は、右事実を知り又は知り得べきであった。
(3) したがって、本件根抵当権設定契約①が成立したとしても、その効力を有さない。
(五) 再抗弁についての被告の反論
(1) すべて争う。
(2) 原告は、南麻布の物件、乃木坂の物件及び軽井沢の物件を売却しているが、取締役会を開催した事実はまったくない。原告は、株主総会も取締役会も開かれたことはなく、株式会社としてまったくの形骸であった。したがって、取締役会決議が存在しないことを理由に本件根抵当権設定契約①の効力を否定することは信義に反する。
2 富ヶ谷の物件及び白金台の物件について、不法行為による損害賠償請求(主位的請求)について
(一) 請求原因
(1) 被告は、富ヶ谷の物件について、平成元年四月六日に本件根抵当権設定登記②を、平成四年一一月四日に平成四年根抵当権設定登記を得た。右各登記は、次のとおり、本件根抵当権設定登記①と同様に、登記原因の存在しないものである。
(ア) 本件根抵当権設定登記②について
本件根抵当権設定登記②に記載されている根抵当権設定契約(以下「本件根抵当権設定契約②」という。)」は、成立していない。その理由は、本件根抵当権設定契約①について述べたのと同様である(二郎による直接契約の締結は認められないし、花子には契約締結の権限がなく、民法の表見代理も認められない。)が、さらに次のとおり補充する。
(a) 本件根抵当権設定契約②の契約書(乙九、以下「本件根抵当権設定契約書②」という。)の根抵当権設定者欄の原告代表者の記名印及び実印(代表者印)は、花子が梅夫の指示に従って押印したものであり、二郎が押印したものではない。二郎は、本件根抵当権設定契約書②が作成された平成元年二月ころはアメリカにいて、日本にはいなかった。
(b) 本件根抵当権②の設定を承認する平成元年三月一五日付取締役会議事録(乙一〇、以下「本件取締役会議事録②」という。)の二郎名義の署名部分は、二郎が署名したものではない。二郎は、平成元年三月ころはアメリカにいて、日本にはいなかった。したがって、取締役会が開かれていないことは明らかである。取締役会議事録②も、本件取締役会議事録①と同様な方法で作成されたものであり、被告は、本件取締役会議事録②に相当する取締役会が開かれていないことを知り、あるいは知り得べきであった。なお、本件取締役会議事録②には、本件取締役会議事録①にはない次のような問題もある。
① 本件根抵当権設定契約書②の作成日は、平成元年二月二二日であるが、本件取締役会議事録②の作成日は、同年三月一五日であり、被告は、本件根抵当権設定契約書②の作成時には、原告の取締役会の決議がないことを知っていたことになる。
② 本件取締役会議事録②と同一日付で作成された別の取締役会議事録が存在し(乙一二、以下「本件別途取締役会議事録」という。)、右二通の議事録によれば、同一時間帯に別の議案の取締役会が二つ開催されたことになる(本件取締役会議事録②の取締役会の議案は、東京信用保証協会に対する連帯保証と本件根抵当権②の設定等、本件別途取締役会議事録の議案は、被告に対する連帯保証。)。被告は、右二通の取締役会議事録の交付を受けたのであるから、一見して取締役会の開催に疑問を持ったはずである。
③ 本件別途取締役会議事録の債務の表示に、実行日等の手書き部分があるが、この部分は、本件別途取締役会議事録が被告に交付された際は空欄となっていたのを、後日、実行日が確定してから被告が書き込んだものである。
④ 右①から③までの事実は、被告が取締役会が開催されていなくてもかまわない、取締役会議事録の体裁を有する書面のみ徴求しておけばよいと考えていたことを示すものである。
(c) 被告は、本件根抵当権設定契約②の締結の際には、本件根抵当権設定契約書②、本件取締役会議事録②及び本件別途取締役会議事録に押印された原告の実印(代表者印)の印鑑証明書も、本件取締役会議事録及び本件別途取締役会議事録に押印された花子や一郎の実印の印鑑証明書も徴求していない。これは、被告が梅夫の言を盲信したのみで、原告が真に富ヶ谷の物件を担保提供する意思があるのかどうかについてまったく頓着していなかったことを示すものである。
(イ) 平成四年根抵当権設定登記について
平成四年根抵当権設定登記に記載されている根抵当権設定契約(以下「平成四年根抵当権設定契約」という。)は、成立していない。その理由は、本件根抵当権設定契約①について述べたのと同様であるが、さらに次のとおり補充する。
(a) 平成四年根抵当権設定契約の契約書(乙二二、以下「平成四年根抵当権設定契約書」という。)の根抵当権設定者欄の原告代表者の記名印及び実印(代表者印)は、花子が梅夫の指示に従って押印したものであり、二郎が押印したものではない。二郎は、平成四年根抵当権設定契約書が作成された平成四年一〇月ころはアメリカにいて、日本にはいなかった。
(b) 平成四年根抵当権の設定を承認する平成四年九月三〇日付取締役会議事録(乙二三、以下「平成四年取締役会議事録」という。)の二郎名義の署名部分は、二郎が署名したものではない。二郎は、平成四年九月ころはアメリカにいて、日本にはいなかった。したがって、取締役会が開かれていないことは明らかである。平成四年取締役会議事録も、本件取締役会議事録①と同様な方法で作成されたものであり、被告は、平成四年取締役会議事録に相当する取締役会が開かれていないことを知り、あるいは知り得べきであった。なお、平成四年取締役会議事録には、本件取締役会議事録①にはない次のような問題もある。
① 平成四年取締役会議事録には、根抵当権を設定すべき不動産の表示が欠けている。
② 平成四年取締役会議事録と同一日付で作成された取締役会議事録が二通存在する。一通は、原告がB野の債務を極度額一億六〇〇〇万円で根保証することを承認する議事録(乙三一、本件根保証を承認する議事録、以下「本件根保証取締役会議事録」という。)であり、他の一通は、原告がC山社の債務を極度額六〇〇〇万円で根保証することを承認する議事録(乙三三、以下「C山社根保証取締役会議事録」という。)である。右三通の議事録によれば、同一時間帯に異なる議案の取締役会が三つ開催されたことになる。被告は、右三通の取締役会議事録の交付を受けたのであるから、一見して取締役会の開催に疑問を持ったはずである。
③ 平成四年取締役会議事録の「原因」欄の手書き部分、本件根保証取締役会議事録及びC山社根保証取締役会議事録の「極度額」あるいは「極度保証額」欄の手書き部分、実行日欄の日付印は、いずれも被告が手書きするか、被告のゴム印を押印したものである。
④ 右①から③までの事実は、被告が根抵当権の設定だけでなく、根保証についても、取締役会が開催されていなくてもかまわない、取締役会議事録の体裁を有する書面のみ徴求しておけばよいと考えていたことを示すものである。
(2) 被告は、白金台の物件について、平成二年三月七日に本件根抵当権設定登記③を得た。右登記も、次のとおり、本件根抵当権設定登記①、②及び平成四年根抵当権設定登記と同様に、登記原因の存在しないものである。
本件根抵当権設定登記③に記載されている根抵当権設定契約(以下「本件根抵当権設定契約③」という。)は、成立していない。その理由は、本件根抵当権設定契約①について述べたのと同様である(二郎による直接契約の締結は認められないし、花子には契約締結の権限がなく、民法の表見代理も認められない。)が、さらに次のとおり補充する。
(ア) 本件根抵当権設定契約③の契約書(乙一七、以下「本件根抵当権設定契約書③」という。)の根抵当権設定者欄の原告代表者の記名印及び実印(代表者印)は、花子が梅夫の指示に従って押印したものであり、二郎が押印したものではない。二郎は、本件根抵当権設定契約③が作成された平成二年三月ころはアメリカにいて、日本にはいなかった。
(イ) 本件根抵当権③の設定を承認する平成二年三月二日付取締役会議事録(乙一九、以下「本件取締役会議事録③」という。)の二郎名義の署名部分は、二郎が署名したものではない。前記のとおり、二郎は、平成二年三月ころはアメリカにいて、日本にはいなかった。したがって、取締役会が開かれていないことは明らかである。本件取締役会議事録③も、本件取締役会議事録①と同様な方法で作成されたものであり、被告は、本件取締役会議事録③に相当する取締役会が開かれていないことを知り、あるいは知り得べきであった。
(3) 右(1)、(2)のとおり、本件根抵当権設定契約②、③及び平成四年根抵当権設定契約は無効であり、被告が当然なすべき僅かの注意さえ払えば、このような無効な根抵当権設定契約がなされることはなかった。原告の代表者である二郎に面談するか、電話を掛ければ足りることであった。しかし、被告は、二郎に対する連絡を一切しないで、主債務者の代表取締役である梅夫が、姉である花子の経営する会社が不動産担保を出してくれたとの説明を盲信し、梅夫が契約書等に花子から印をもらってきただけで右各根抵当権設定契約を締結したものである。これは、当時、いわゆるバブル経済期にあって、銀行である被告には、とにかく貸出第一という風潮があったために、担保権設定という不利益行為を担保提供者が本当に了承しているのか、了承していないのに担保権を設定すると担保権者に損害を与えるのではないかという点をまったく考慮していなかったために行われたものである。
したがって、被告は、富ヶ谷の物件及び白金台の物件に対する無効な根抵当権設定によって原告が被った損害について、梅夫とともに共同不法行為責任を負うもの(以下「本件不法行為」という。)というべきである。
(4) 原告の被った損害
(ア) 富ヶ谷の物件についての損害
富ヶ谷の物件については、本件根抵当権②の被担保債権について、東京信用保証協会が平成八年一〇月四日、被告に対し、保証人として、一八〇六万一一四七円の一部代位弁済をし(以下「本件代位弁済」という。)、本件根抵当権②について、一部移転を受けた(本件移転根抵当権)。
そして、東京信用保証協会は、本件移転根抵当権に基づき、富ヶ谷の物件につき、本件競売事件②の申立てをした。原告は、本件競売事件②について、競売手続の停止及び本件移転根抵当権の実行禁止を求める仮処分の担保の金額に相当する金銭を用意できず、富ヶ谷の物件は、四八五〇万円で競落され、平成一〇年七月二日、原告は富ヶ谷の物件についての所有権を喪失した。
被告による無効な本件根抵当権②の設定がなければ原告は富ヶ谷の物件の所有権を喪失することはなかったので、原告は、被告の本件不法行為により、富ヶ谷の物件につき、少なくとも右売却代金四八五〇万円に相当する損害を被った。
(イ) 白金台の物件についての損害
被告は、本件根抵当権③に基づき、白金台の物件につき、本件競売事件③の申立てをした。原告は、本件競売事件③について、競売手続の停止及び本件移転根抵当権の実行禁止を求める仮処分の担保の金額に相当する金銭を用意できず、白金台の物件は、九四五二万円で競落され、平成一〇年七月一四日、原告は白金台の物件についての所有権を喪失した。
原告は、本件競売事件③において、白金台剰余金一九三六万〇二六五円を受領した。
被告による無効な本件根抵当権③の設定がなければ原告は白金台の物件の所有権を喪失することはなかったので、原告は、被告の本件不法行為により、白金台の物件につき、少なくとも右売却代金九四五二万円から白金台剰余金一九三六万〇二六五円を控除した七五一五万九七三五円に相当する損害を被った。
(ウ) 右(ア)、(イ)の損害の合計は、一億二三六五万九七三五円であるので、原告は、被告に対し、本件不法行為による損害賠償請求権に基づき、右金員及び内金四八五〇万円については、富ヶ谷の物件について所有権を喪失した日の翌日である平成一〇年七月三日から、内金七五一五万九七三五円については、白金台の物件について所有権を喪失した日の翌日である平成一〇年七月一五日から、各支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
(二) 請求原因についての被告の反論
(1) 原告は、口頭弁論終結間際の平成一二年四月一〇日に請求を大幅に拡張したが、これは、本件訴訟を著しく遅滞させるものであるから、不適法である。
(2) 富ヶ谷の物件及び白金台の物件に対する競売の経過及び結果は認めるが、その余は争う。
(3) 富ヶ谷の物件についての本件根抵当権設定契約②及び平成四年根抵当権設定契約、白金台の物件についての本件根抵当権設定契約③はいずれも有効であり、その理由は、いずれの契約についても、左門町の物件についての本件根抵当権設定登記①の抹消登記手続請求の抗弁(1、(二))で主張したとおり、二郎による直接契約の締結、契約締結の権限を有した花子による契約締結あるいは花子の権限について民法の表見代理の類推適用が認められるからである。
また、原告は、株主総会も取締役会も開かれたことはなく、株式会社としてまったくの形骸であったので、取締役会決議が存在しないことを理由に右各契約の効力を否定することは信義に反する。
(4) 原告は、被告は原告の担保提供意思を確認するために二郎に面談するか、電話を掛けるべきであったと主張するが、被告は、梅夫を介して、日本に居住する原告の唯一の取締役であり、梅夫から原告の実質的経営者であると説明を受けていた花子から、当時、銀行実務上、法人が債務者のために物上保証する際に徴求すべき書類とされていた根抵当権設定契約書、取締役会議事録、登記用委任状、印鑑証明書、物件の権利証等をすべて受領したのであるから、それ以上に日本に居住していない二郎の連絡先を調査して意思確認をしなかったからといって、過失があったことにはならない。
また、仮に被告が花子に対し、担保提供意思を確認したとしても、花子が行った行為から判断して、花子は、担保提供については自分が全部任されており、担保提供意思もあると表明したであろうことは明らかであるから、被告が花子に連絡をとらなかったことも過失とはならない。
3 富ヶ谷の物件及び白金台の物件について、不当利得返還請求(予備的請求)について
(一) 請求原因
(1) 富ヶ谷の物件についての被告の不当利得
被告は、本件根抵当権②の被担保債権について、東京信用保証協会から本件代位弁済を受けて一八〇六万一一四七円の利益を得た。
また、被告は、本件競売事件②において、本件根抵当権②及び平成四年根抵当権の抵当権者として、富ヶ谷被告配当金二四七三万六三〇九円を受領して同額の利益を得た。
これまで主張したとおり、本件根抵当権設定契約②及び平成四年根抵当権設定契約は無効であるから、右合計四二七九万七四五六円は、原告の富ヶ谷の物件の所有権の喪失(損失)によって被告が得た不当利得となる。
(2) 白金台の物件についての被告の不当利得
被告は、本件競売事件③において、本件根抵当権③の抵当権者として、白金台被告配当金六〇〇〇万円を受領して同額の利益を得た。
これまで主張したとおり、本件根抵当権設定契約③は無効であるから、右六〇〇〇万円は原告の白金台の物件の所有権の喪失(損失)によって被告が得た不当利得となる。
(3) 被告は、原告代表者である二郎に担保提供意思を確認せずに本件根抵当権設定契約②、③及び平成四年根抵当権設定契約を締結し、原告から右各契約が無効であることを幾度も主張されたにもかかわらず本件根抵当権設定②③を抹消せず、本件競売事件②、③により配当を得たものであるから、右(1)、(2)の利益の合計一億〇二七九万七四五六円について悪意の受益者というべきであるから、原告に対し、右金員に利息を付してこれを返還する義務を負う(民法七〇四条)。
(4) 仮に、被告が悪意の受益者とはいえないとしても、被告が右(3)の利益を不当利得として原告に返還する義務があることに変わりはない(民法七〇三条)。
(5) したがって、被告は、本件不法行為に基づく損害賠償請求が認められない場合は、予備的に、原告に対し、不当利得返還請求権に基づき、一億〇二七九万七四五六円及び内金四二七九万七四五六円に対する富ヶ谷の物件の競売代金が納付された日の翌日である平成一〇年七月三日から、内金六〇〇〇万円に対する白金台の物件の競売代金が納付された日の翌日である平成一〇年七月一五日から各支払済みまで民法所定の年五分の割合による利息又は遅延損害金の支払を求める。
(二) 請求原因についての被告の反論
(1) 原告は、口頭弁論終結間際の平成一二年四月一〇日に請求を大幅に拡張したが、これは、本件訴訟を著しく遅滞させるものであるから、不適法である。
(2) 被告が本件代位弁済を受けたこと、富ヶ谷被告配当金及び白金台被告配当金を受領したことは認めるが、これらが不当利得となることは争う。
(3) 本件根抵当権設定契約②、③及び平成四年根抵当権設定契約が有効であり、右金員の受領が法律上の原因に基づくものであることは、これまで主張したとおりである。
(三) 抗弁(相殺)
(1) 二郎の職務懈怠による損害賠償請求権との相殺(主位的主張)
(ア) 原告代表者である二郎は、代表取締役に就任した昭和五八年以後、アメリカに居住し続け、会社法上要求される株主総会、取締役会の開催などを無視し、原告の実印(代表者印)、原告所有不動産の権利証などを花子に預けたまま、賃貸事業を営む会社の代表者として所有不動産の権利関係の調査、点検等を行うこともなく、会社の業務を放置した。
(イ) 二郎が花子に預けていた原告の実印(代表者印)や権利証等は、冒用されたならば原告所有不動産について権利の得喪をもたらすおそれのあるものである。したがって、二郎は、代表者として、物件の管理の一環として、花子が権限を濫用ないし逸脱して原告所有不動産に担保権設定等の行為を行っていないかを随時調査し、点検する義務(以下「本件義務」という。)があった。この確認方法として最も適切なものは不動産登記簿謄本と権利証の記載事項の調査である。
(ウ) 富ヶ谷の物件には、すでに昭和六〇年にB野を債務者とする第一相互銀行根抵当権設定登記がなされているし、その後も、昭和六一年には、B野を債務者とする三和銀行根抵当権設定登記がなされているのであり、仮にこれらの登記も花子が無権限で行ったものであるとしても、二郎が本件義務を履行していれば、少なくとも、その後の本件根抵当権①、②、③及び平成四年根抵当権の設定は未然に防止できたことは明らかである。
(エ) B野及びC山社は、被告と取引を開始する時点で、両社及び梅夫個人として提供できる担保適格物件は有していなかった。したがって、被告は、原告から本件三物件について担保提供と根保証を受けられなかったら、B野やC山社に対し、融資を実行することはなかった。
(オ) 被告の損害
被告は、二郎の本件義務の不履行により、次のとおり、合計一億二二一五万七七二一円の損害を被った。
(a) B野は、被告に対する借入債務につき、平成七年一月一三日から延滞を開始した。そして、平成九年六月九日の五〇万円の回収を最後に回収不能となった。
(b) C山社は、被告に対する借入債務につき、平成六年四月五日から延滞を開始した。そして、平成八年一〇月四日の八万三〇〇〇円の回収を最後に回収不能となった。
(c) そこで、被告は、東京信用保証協会の保証のあるB野の債務については、平成八年一〇月四日に本件代位弁済を受け、同じく同保証協会の保証のあるC山社の債務については、同保証協会から平成八年一〇月四日に一二六万五〇〇〇円の代位弁済を受けた。そして、平成一〇年八月二六日に富ヶ谷被告配当金を受領し、これをB野の残債務に充当した。また、平成一〇年九月一〇日に白金台被告配当金を受領し、これをC山社の残債務に充当した。右の充当関係は、別紙「B野貸出金推移」表及び「C山貸出金推移」表記載のとおりであり、右充当後もB野の被告に対する借入金債務が残存し、その残元金額は、六一〇六万七一八五円であり、これは現在も変わっていない。
(d) 被告は、白金台剰余金について、原告の被告に対する平成四年一〇月三〇日付根保証(本件根保証)に基づき、仮差押えを申し立て、平成一〇年九月一四日に仮差押決定を得た(東京地方裁判所平成一〇年(ヨ)第六一三二号事件)。
(e) 梅夫は、平成一〇年六月三〇日午後四時に破産宣告を受けた。
(f) 以上のとおり、被告のB野に対する貸金債権については、平成九年六月九日の時点で、被告のC山社に対する貸金債権については、平成八年一〇月四日の時点で、東京信用保証協会による代位弁済及び本件三物件の競売による配当以外には回収が不能となっていたものである。
(g) 本件根抵当権①、②、③及び平成四年根抵当権の効力が否定され、本件根保証の効力が否定された場合、被告は、本件代位弁済金一八〇六万一一四七円、富ヶ谷被告配当金二四七三万六三〇九円、白金台被告配当金六〇〇〇万円及び白金台剰余金一九三六万〇二六五円の合計一億二二一五万七七二一円について、その受領権限を失い、同額の債権が回収不能となり、被告の損害となる。そして、その損害発生日は、代位弁済を受けた日又は配当を受けた日である。
(カ) したがって、原告は、被告に対し、商法二六一条三項、七八条二項、民法四四条一項により、右損害を賠償する責任を負う。
(キ) 原告は、平成一二年六月二九日の本件第五回口頭弁論期日において、右損害賠償請求権一億二二一五万七七二一円のうち、白金台剰余金についての損害金一九三六万〇二六五円を除いた一億〇二七九万七四五六円を自働債権として、原告主張の不当利得返還請求権と対当額で相殺する旨の意思表示をした。
(2) 花子の使用者としての使用者責任に基づく損害賠償請求権との相殺(予備的主張)
(ア) 花子に本件根抵当権設定契約①、②、③及び本件根保証を締結する権限がなかったとしたら、花子は、権限のないことを知りながら、原告代表者の記名印、実印(代表者印)、印鑑登録カード、本件三物件の権利証等をほしいままに冒用して、本件根抵当権設定契約書①、②、③、平成四年根抵当権設定契約書、本件根保証の契約書、本件取締役会議事録①、②、③、本件別途取締役会議事録、本件根保証取締役会議事録、C山社根保証取締役会議事録等を偽造し、右各契約を締結したことになる(以下「花子の不法行為」という。)。
(イ) 花子は原告のただ一人日本に居住する取締役であり、原告代表者の記名印、実印(代表者印)、印鑑登録カード、本件三物件の権利証等を居住する富ヶ谷の物件に保管していたのであるから、花子は、原告の指揮・監督下にあり、右各契約締結行為は、外形上、原告の業務の執行として行われたものというべきである。
(ウ) 被告は、花子の不法行為を知らずに花子から交付を受けた前記契約書等を真正に作成されたものと信じて前記各契約を締結し、B野及びC山社に融資を実行したものであり、仮に花子の不法行為がなかったら、右融資は行わなかったものである。そして、本件根抵当権①、②、③及び平成四年根抵当権の効力が否定され、本件根保証の効力も否定されることにより、(1)、(オ)、(g)記載のとおり、合計一億二二一五万七七二一円について、その受領権限を失い、同額の債権が回収不能となり、被告の損害となったものである。
(エ) したがって、原告は、被告に対し、民法七一五条により、右損害を賠償する責任を負う。
(カ) 被告は、平成一二年六月二九日の本件第五回口頭弁論期日において、仮に二郎の職務懈怠による損害賠償請求権が認められない場合は、右使用者責任に基づく損害賠償請求権一億二二一五万七七二一円のうち、白金台剰余金についての損害金一九三六万〇二六五円を除いた一億〇二七九万七四五六円を自働債権として、原告主張の不当利得返還請求権と対当額で相殺する旨の意思表示をした。
(四) 抗弁についての原告の反論
(1) 被告の抗弁は、時機に後れた攻撃防御方法であるから却下されるべきである。
(2) 二郎の職務懈怠による損害賠償請求権による相殺の主張(主位的主張)について
(ア) 二郎が富ヶ谷の物件に原告代表者の実印(代表者印)等を保管していたのは、富ヶ谷の物件が二郎の日本における居宅であり、田村会計士にこれらを預けることは不正行為が発生する危険性が高くなるためであり、他に選択の余地はなかった。
(イ) 二郎は、原告の日常業務の執行を田村会計士に委ね、重要事項については、田村会計士から報告を受け、自ら決定していた。
(ウ) 原告の日常業務は、所有不動産の賃貸であり、銀行借入をする必要もなかったので、二郎も田村会計士も、不動産登記簿謄本を確認する必要はまったくなかった。
(エ) したがって、二郎に職務懈怠はない。また、仮に二郎に何らかの職務懈怠があったとしても、それは被告が被る損害に対する直接の行為ではなく、被告の損害について、予見可能性がなく、過失はない。また、相当因果関係もない。
(3) 花子の使用者としての使用者責任の主張(予備的主張)について
(ア) 花子は、名目的取締役であり、原告の日常業務に何ら関わっておらず、過去、原告の資産処分においても原告のために行動することはなかったのであるから、原告の被用者にはあたらない。
(イ) 花子は、名目的取締役であり、原告の日常業務にも何ら関わっていなかったので、花子の不法行為は、花子の職務行為と密接な関連性を有さず、原告の事業の執行につき行われたものとはいえない。
(ウ) これまで主張したとおり、被告は、取締役会が開かれていないことを知っていたか、あるいは知り得べきであったので、被告には、花子の不法行為について、悪意又は重過失があるというべきであり、使用者責任は成立しない。
(五) 再抗弁(過失相殺)
被告は、なすべき注意を尽くせば、極めて容易に原告に担保供託意思や保証意思がないこと及び取締役会が開催されていないことを知ることができたのに、これを怠り、損害を被ることになったものであり、被告の損害は、ほぼ全額被告の自招損害であるというべきであり、公平の観点から原告が負担すべき被告の損害は一割程度にとどまるというべきである。
(六) 再抗弁に対する被告の認否
すべて争う。
(第二事件)
1 請求原因
(一) 被告とB野との間の銀行取引契約
被告とB野は、昭和五八年五月三一日、左記要旨の銀行取引契約を締結した。
記
(1) 適用範囲 手形貸付、手形割引、証書貸付、当座貸越、支払承諾、外国為替その他一切の取引に関して生じた債務の履行については本約定に従う。
(2) 遅延損害金 年一四パーセント(年三六五日の日割計算)
(二) 本件根保証の成立
(1) 原告は、平成四年一〇月三〇日、被告に対し、B野が右銀行取引契約に基づいて現在及び将来被告に負担する一切の債務につき、一億六〇〇〇万円を極度額として、原告がB野と連帯して保証する旨約束した(本件根保証)。
(2) 本件根保証は有効であるが、その理由は、第一事件1、(二)(左門町の物件についての本件根抵当権設定登記①の抹消登記請求の抗弁)で主張したとおり、二郎による直接契約の締結、契約締結の権限を有した花子による契約締結あるいは花子の権限について民法の表見代理の類推適用が認められるからである。
(三) 被告は、B野に対し、左記の約束手形を同社から受領する手形貸付の方法により、金員を貸し付けた。
記
金額 金七七七〇万円
振出日 平成六年一〇月二一日
支払期日 平成七年一月五日
支払地 東京都港区
支払場所 株式会社第一勧業銀行神谷町支店
振出地 東京都港区
振出人 株式会社B野
受取人 株式会社第一勧業銀行
右手形貸付による貸金の残元金は、五二九六万三六九一円である。
(四) よって、被告は、原告に対し、本件根保証に基づき、右貸金残元金五二九六万三六九一円及びこれに対する支払期日の翌日である平成七年一月六日から支払済みまで約定の年一四パーセントの割合による損害金の支払いを求める。
2 請求原因に対する原告の反論
本件根保証は成立していない。その理由は、第一事件2、(一)、(1)、(イ)(富ヶ谷の物件についての平成四年根抵当権設定契約が成立していない理由)と同様である。
なお、花子には、本件根保証の契約書(乙三〇、以下「本件根保証契約書」という。)を作成したという認識はまったくない。梅夫自身も本件根保証の意味を理解しておらず、平成四年根抵当権の設定書類に紛れ込ませていたもので、花子は本件根保証契約書の内容を読まずに押印したものである。
3 抗弁
(一) 錯誤
(1) 原告ないし花子は、本件根保証当時、被告から、主債務者であるB野の被告からの借入状況、被告への返済状況の説明がなく、B野の経済状態が実質的に破綻していることを知らなかった。
(2) 原告ないし花子は、右事実を知っていれば、本件根保証をすることはなかったが、被告は右事実をあえて原告ないし花子に告知しなかった。
(3) したがって、本件根保証は錯誤無効である。
(二) 取締役会決議の不存在及び被告の悪意又は重過失
(1) B野の被告に対する債務を、原告が極度額一億六〇〇〇万円の範囲で連帯保証することを内容とする本件根保証は、商法二六〇条二項二号の「多額ノ借財」に該当するから、取締役会の決議を要する。
(2) 本件根保証取締役会議事録に相当する取締役会が開かれていないこと及びそのことを被告が知りあるいは知り得べきであったことは、第一事件2、(一)、(1)、(イ)、(b)で主張したとおりである。
(3) したがって、本件根保証が成立したとしても、その効力を有さない。
(三) 信義則上、無効又は責任の限定(過失相殺)
本件根保証のなされた平成四年一〇月時点では、B野及びC山社は、その債務の一部について、元金返済を行えないようになり、将来的には債務全額が回収不能となることが予想された。それにもかかわらず、被告は、原告ないし花子に対し、根連帯保証の意味やB野・C山社の当時の債務残高、取引推移見込みの説明をせず、継続的に負担の過大な本件根保証を締結させたものであるから、本件根保証の効力は、信義則により否定されるべきであり、仮に効力を否定されないとしても、信義則あるいは過失相殺の考え方により、被告が原告に対して保証責任を追及できる範囲を大幅に限定されるべきである。
4 抗弁に対する被告の認否
すべて争う。
第三争点に対する判断
一 本件根抵当権設定契約①、②、③、平成四年根抵当権設定契約及び本件根保証(以下これら五つの契約を合わせて「本件各契約」という。)の効力について
1 原告代表者である二郎との間の契約締結について
(一) 本件各契約にいずれも契約書(本件根抵当権設定契約書①、②、③、平成四年根抵当権設定契約書及び本件根保証契約書。以下これら五通の契約書を合わせて「本件各契約書」という。)及びそれぞれの契約を承認する旨の取締役会議事録(本件取締役会議事録①、②、③、平成四年取締役会議事録及び本件根保証取締役会議事録。以下これら五通の取締役会議事録を合わせて「本件各取締役会議事録」という。)が存在することは当事者間に争いがない。
そして、本件各契約書及び本件各取締役会議事録の原告代表者作成名義部分又は二郎個人の作成名義部分(記名押印又は署名押印部分)のうち、原告代表者の記名印、実印(代表者印)の印影が原告の本物の記名印、実印(代表者印)によって作出されたものであることも当事者間に争いがない。なお、本件各取締役会議事録の中には、二郎個人の印が押印されているものもある(本件取締役会議事録①(乙三)、平成四年取締役会議事録(乙二三)及び本件根保証取締役会議事録(乙三一))が、右各印影も、二郎の本物の実印によって作出されたものと認められる。
(二) しかし、前提事実で認定したとおり、二郎は、昭和五一年以降アメリカに居住し、年一回程度しか日本に帰国しておらず、本件各契約書及び本件各取締役会議事録が作成されたころには、別紙「A野二郎の出入国日表」記載のとおり、アメリカにいて、日本にはいなかった。
また、本件各取締役会議事録の二郎署名部分は、二郎の署名であることが争いのない乙六号証の二郎の署名及び本件訴訟における原告代表者尋問調書の末尾に添付された二郎の署名の筆跡と比較対照すると、明らかに相違が認められ、別人が記載したものと認められる。
(三) そして、前提事実として認定した事実、《証拠省略》によれば、①富ヶ谷の物件は、太郎の存命中から、妻である花子、子である二郎及び一郎の住居となっており、原告代表者の実印(代表者印)が保管されていたほか、二郎及び一郎の私物も保管されていたこと、②富ヶ谷の物件は、原告の所有名義となった後は、社宅として原告から二郎に賃貸され、その賃料は、二郎の報酬から控除されることになっており、普段は、花子のみが居宅として使用していたが、二郎及び一郎が帰国したときの住居でもあったこと、③原告の事業は、その所有不動産を賃貸することが主であり、二郎が代表取締役に就任した後も、取締役の一人であるD原が原告の本店所在地にあった原告の事務所で不動産管理の仕事をしていたが、昭和六〇年にD原が取締役を退任すると、右事務所は引き払われ、原告の日常業務である不動産管理の仕事は、田村会計士がその事務所で行うことになり、原告の預金通帳、小切手帳等は田村会計士の事務所に保管し、原告代表者の記名印、実印(代表者印)、銀行取引印、不動産の権利証等は、富ヶ谷の物件に保管するようになったこと、④花子は、梅夫に頼まれて、富ヶ谷の物件に保管されていた原告代表者の記名印、実印(代表者印)、二郎及び一郎個人の実印を用いて本件各契約書及び本件各取締役会議事録に押印し(本件各取締役会議事録の二郎及び一郎の署名部分は、B野の従業員が記載した。)、同じく富ヶ谷の物件に保管されていた本件三物件の権利証を梅夫に交付したものであり、本件各取締役会議事録に相応する取締役会(以下「本件各取締役会」という。)が開催されたことはなかったこと、⑤花子が右のような行為をしたのは、弟である梅夫に協力してやりたいという気持があったためと、B野やC山社は新店舗を拡充するなど、大変羽振りがよく、B野やC山社が借金を返せなくなるとはまったく考えていなかったためであり、右のような行為をすることについて、二郎や田村会計士に相談しなかったこと、以上の事実が認められる。
(四) 被告は、三和銀行根抵当権設定契約書(乙四七の一)及び三和銀行根抵当権取締役会議事録(乙四七の六)の二郎の署名部分の筆跡は、乙六号証の二郎の署名及び本件訴訟における原告代表者尋問調書の末尾に添付された二郎の署名の筆跡と酷似しており、しかも、右各書面が作成されたときは、二郎は帰国しているから、右各書面は真正に成立しており、三和銀行根抵当権は二郎の意思に基づいて設定されたものであり、本件根抵当権②は、三和銀行根抵当権に基づく貸付の肩代わりを被告がするために設定されたものであるから、仮に本件根抵当権②の設定手続を行ったのが花子であったとしても、右行為は二郎の意思に基づくものである旨主張する。
しかし、被告主張のように署名の筆跡を比較対照しても、酷似しているとは認められず、むしろ別人が記載したものではないかと思われるし、前提事実として認定した事実によれば、三和銀行根抵当権は、第一相互銀行根抵当権設定登記が解除を原因として抹消されるのと同時期に設定されており、第一相互銀行からの借入を三和銀行が肩代わりしたものであることが推認されるが、本件根抵当権②が設定されても三和銀行根抵当権設定登記は抹消されておらず、九か月後に本件順位変更登記はなされているものの、本件根抵当権②が三和銀行根抵当権に追加される形になっているのであるから、仮に三和銀行根抵当権の設定が二郎の意思に基づくものであったとしても、本件根抵当権②の設定まで二郎の意思に基づくものであったと認めることはできない。
(五) また、被告は、二郎が平成八年一一月一八日、被告神谷町支店に来店し、「担保権を設定しているA野です。」と述べ、本件三物件への担保権の設定を認めているような態度を示した旨主張し、証人松井の証言中には右主張に沿う部分があるが、《証拠省略》によれば、原告が主張するとおり、二郎は、担保提供や保証については、自分の知らないうちに行われたものであると明言しながらも、どのような担保提供が行われ、どのような保証が行われたかを教えてもらいに来たと述べ、原告がおかれた状況を確認して帰ったものと認められるので、証人松井の右証言部分は採用できず、被告の右主張は採用できない。
(六) 以上によれば、本件各契約書及び本件各取締役会議事録の原告作成名義部分及び二郎作成名義部分は、いずれも二郎の意思に基づかずに作成されたものであり、偽造文書であるといわざるを得ない。
そして、本件各契約書及び本件各取締役会議事録以外に本件各契約が被告と原告代表者である二郎との間で締結されたと認めるに足りる証拠は存しないので、被告の二郎との間の直接契約締結の主張は理由がない。
2 原告の代理人である花子との間の契約締結について
(一) 被告は、花子が原告の業務の一切を委任されており、本件各契約を締結する権限も有していた旨主張し、前提事実として認定した事実、《証拠省略》によれば、①花子は、太郎が存命中から原告の株主であり、取締役であったこと、②花子は、昭和五六年一月二二日に太郎が死亡した後、昭和五八年一月二五日に二郎が代表取締役に就任するまで原告の代表取締役であったこと、③富ヶ谷の物件に保管されていた原告代表者の記名印、実印(代表者印)、右実印の印鑑登録カード、銀行取引印、二郎及び一郎個人の実印、右実印の印鑑登録カード、本件三物件の権利証等は、花子が管理しており、田村会計士は、必要に応じて花子から原告代表者の銀行取引印等の交付を受けていたこと、④原告がB野に賃貸していた左門町の物件の賃料は、梅夫と花子とで話し合って決め、賃料の支払も直接梅夫が花子に持参したこともあったこと、⑤花子は、日本に居住するただ一人の原告の取締役であり、梅夫も、実質的には花子が原告を経営しているものと考えていたこと、以上の事実が認められる。
右事実だけを見ると、花子が原告の実質的な経営者であり、二郎は、原告所有不動産の処分も含めて、原告の経営については花子の判断に委ねていたと考えられないでもない。
(二) しかし、さらに前提事実として認定した事実及び右(一)に掲げた各証拠によれば、①太郎死亡後、太郎の有していた原告の株式は、花子は相続せず、二郎と一郎が相続し、花子の株式は原告の発行済株式総数の一五パーセントにとどまることになったこと、②二郎及び一郎は取締役としての報酬を支給されていたが、花子は支給されていなかったこと、③右のように二郎及び一郎が原告の株式の大半を取得し、取締役としての報酬を得ることにしたのは、二郎及び一郎のアメリカにおける生活基盤を支えるために原告を二郎及び一郎のものとし、原告の賃料収入を取締役報酬という形で得られるようにするためであったこと、④太郎存命中から昭和六〇年にD原が取締役を退任するまで、原告の日常業務は、花子ではなく、D原が行っており、D原退任後は、田村会計士がこれを引き継いだこと、⑤右のように田村会計士が原告の日常業務を行うことになったのは、田村会計士と二郎及び一郎が話し合った結果であること、⑥太郎死亡後、南麻布の物件の売却、白金台の物件及び乃木坂の物件の購入、乃木坂の物件及び軽井沢の物件の売却という原告所有不動産の変動があったが、これらの不動産の売却あるいは購入は、二郎が帰国し、あるいは電話で一郎、花子及び田村会計士と相談しながら行ったものであること、⑦本件各契約については、田村会計士は何も知らされていなかったこと、以上の事実も認められる。
(三) 右(二)の事実を併せ考えると、(一)の事実の存在から、直ちに、二郎が、根抵当権の設定等の原告所有不動産の処分や根保証をすることについてまで、花子に委ねていたと認めることはできず、他にこれを認めるに足りる証拠はない。
(四) もっとも、右(二)の事実認定にあたり、花子の証言が得られないことには大きな問題がある。前提事実として認定したとおり、花子は、平成九年ころアメリカに渡り、以後アメリカで居住しており、高齢(大正一〇年五月四日生まれ)と病気(花子の陳述書である甲六〇号証には、重度のリューマチ、高血圧及び糖尿病のため、車椅子生活をしており、医者から長時間の移動を禁止されている旨の記載がある。)を理由に当法廷には出頭できない旨供述している。その意味では、花子の陳述書の記載内容は、反対尋問にさらされていないものであり、証拠価値が減じられるものといわざるを得ないし、花子の原告の運営への関わりについて解明できない部分が残ることは否定できない。
しかし、このような問題を招いてしまったのは、結局、被告が本件各契約を締結するにあたり、花子にすら何ら接触しておらず、原告について何の調査もしなかったからといわざるを得ない。前提事実として認定した事実、《証拠省略》によれば、①B野はもともと第一相互銀行及び三和銀行と取引していたが、昭和六三年、平成元年ころは、いわゆるバブル経済の時期にあたり、売上を急激に伸ばし、海外にまで新店舗を開設し、今後の発展も見込めたので、被告は、第一相互銀行や三和銀行からの借入金を肩代わりしてメインバンクになることを目指してB野に対する貸付を増大させていったこと、②被告が原告から本件三物件について最初の根抵当権の設定を受けたのは、富ヶ谷の物件についての本件根抵当権②(平成元年二月二二日設定)であるが、これもそのような方針の一環として、B野の三和銀行からの借入金を肩代わりするためのものであったこと、③このように、被告はメインバンクを目指して行動していたので、梅夫が姉である花子が実質的に経営している原告が不動産担保を出してくれた旨の説明をしたのをそのまま信用し、花子に面談し、あるいは電話連絡をして確認することまではしなかったこと、④そして、被告は、本件各契約すべてを通じて、一度も花子に接触しなかったこと、以上の事実が認められ、このように梅夫の説明を信用したというだけでは、前記(二)に掲げた各証拠による反対事実の立証を崩すことはできない。
(五) したがって、花子に本件各契約を締結する権限(代理権)があったとは認められないので、花子が原告の代理人として本件各契約を締結した旨の被告の主張も理由がない。
3 花子の権限についての民法の表見代理の類推適用について
(一) 2、(一)で認定したとおり、富ヶ谷の物件に保管されていた原告代表者の記名印、実印(代表者印)、右実印の印鑑登録カード、銀行取引印、本件三物件の権利証等は、花子が管理しており、田村会計士は、必要に応じて花子から原告代表者の銀行取引印等の交付を受けていたし、原告がB野に賃貸していた左門町の物件の賃料は、梅夫と花子とで話し合って決め、賃料の支払も直接梅夫が花子に持参したこともあったのであるから、花子は、二郎から原告の日常業務について一定の権限、少なくとも、原告の所有不動産の賃貸について、田村会計士の業務の遂行を補助する権限を与えられていたものと認められる。
(二) 被告は、本件各契約の締結にあたり、花子は梅夫を介して、被告に対し、当時、法人が債務者のために本件各契約を締結する際に徴求すべき書類とされていた契約書、取締役会議事録、印鑑証明書、権利証、登記用委任状等をすべて徴求しているので、本件各契約は、民法一一〇条あるいは同法一一二条と一一〇条の類推適用により原告に対して効力を有する旨主張する。
そして、代理人が権限を越えて本人名義の契約書を作成し、これを相手方にさし入れることによって本人のための契約を締結した場合において、相手方が本人名義の右契約書は本人の意思に基づいて真正に作成されたものであると信じたときは、代理人の代理権限そのものを信じたものではないにしても、その信頼が取引上保護に値する点においては、代理人の代理権限を信じた場合と異ならないから、相手方が右のように信じたことについて正当な理由があれば、民法一一〇条の類推適用により本人はその責めに任ずるものと解される(最判昭和四四・一二・一九民集二三巻一二号二五三九頁参照)。
(三) そして、1、(三)で認定した事実、《証拠省略》によれば、花子は、管理を任されていた原告代表者の記名印、実印(代表者印)、右実印の印鑑登録カード等を用いて本件各契約書、本件各取締役会議事録を作成し、印鑑証明書の交付を受け、これを権利証とともに梅夫に交付し、梅夫はこれを被告に交付し、被告は、本件各契約書は原告の意思に基づいて真正に作成されたものと信じたものであるから、右正当な理由が存在するものとも考えられる。
(四) しかし、《証拠省略》によれば、被告は、原告の担保提供意思あるいは根保証意思の確認のために本件各取締役会議事録を徴求したものであることが認められるところ、本件各取締役会議事録の二郎署名押印部分は、先に判示したとおり、花子によって偽造されたものであり、しかも、本件各取締役会議事録には、原告が第一事件の1の(三)、(3)、(イ)、(e)、2の(一)、(1)、(ア)、(b)、①から③まで、(イ)、(b)、①から③までで主張するとおりの問題があることが認められ(右乙号証の偽造部分は、存在を証拠とする。)、被告は本件各取締役会が開催されていないことを知っていたか、少なくとも、開催されていない可能性があるものと考えていたことが窺われる。この事実は、被告が、実際は取締役会が開催されていなくても、取締役会議事録が提出されることで、これを作成した原告の担保提供意思あるいは根保証意思は認められると考えていたことを示すものと推認される。
このように、本件各契約につき、被告が原告の取締役会による承認を軽視したのは、梅夫から、原告は、実質的には、姉である花子が経営する会社であり、原告の代表取締役となっている二郎及び取締役となっている一郎は、いずれも花子の子であり、アメリカに居住していて形式上の代表取締役あるいは取締役にすぎないとの趣旨の説明を受け、これを信じたからとしか考えようがない。しかし、現実には、先に判示したとおり、本件証拠上、原告の経営をすべて花子が行っていたと認めることはできず、梅夫の右説明は、仮に梅夫自身もそのように思っていたとしても、真実ではなかったといわざるを得ない。
(五) 本件各契約は、いずれも主債務者である梅夫を介して締結されており、しかも、いずれもその極度額が多額である(少ないものでも四〇〇〇万円、多いものは一億六〇〇〇万円。)のであるから、被告としては、原告代表者である二郎に担保提供意思あるいは根保証意思を確認すべきであったというべきであり、被告が本件各取締役会議事録を徴求したのもそのためであったものと解されるが、右(四)に判示したところによれば、本件各取締役会議事録は、原告の担保提供意思あるいは根保証意思を確認するものとしては、不十分なものであったというほかない。
(六) 被告は、原告においては、株主総会も取締役会も開かれたことはないので、本件各契約について取締役会が開かれていないことを問題とするのは信義に反する旨主張し、確かに前提事実として認定した事実、《証拠省略》によれば、太郎死亡後、原告は、南麻布の物件の売却、白金台の物件及び乃木坂の物件の購入、乃木坂の物件及び軽井沢の物件の売却をしているが、その際の取締役会議事録は証拠として提出されておらず、右各取引について、全取締役が承諾していたとしても(証人田村はその趣旨の証言をしている)、取締役会自体は開かれていなかったことが窺われる。したがって、被告主張の点は、本件各契約の成立が認められるにもかかわらず、原告が取締役会の承諾がなかったことだけをもって無効と主張する場合は、検討の余地のある主張というべきである。しかし、担保提供意思あるいは根保証意思の確認の点では、開催されてもいない取締役会の議事録をもって担保提供意思あるいは根保証意思の確認の手段とすることは、意思確認の方法として不十分というべきである。
(七) なお、被告は、仮に被告が花子に対し、担保提供意思を確認したとしても、花子が行った行為から判断して、花子は、担保提供については自分が全部任されており、担保提供意思もあると表明したであろうことは明らかである旨主張する。そもそも、被告としては、花子ではなく、二郎に意思確認をすべきであったというべきである(二郎の連絡先を梅夫に調べてもらうことは容易であったはずである。)が、花子に対する意思確認もまったく無意味であったとはいえない。本件各契約について、花子がその内容について梅夫から正確な説明を受け、十分理解していたか疑問がないわけではなく、被告から担保提供意思あるいは根保証意思の確認があれば、二郎に相談をした可能性もないとはいえない。
(八) 以上によれば、被告が本件各契約書は原告の意思に基づいて真正に作成されたものであると信じたとしても、被告が右のように信じたことについて正当な理由があると認めることはできない。
4 右1から3までによれば、本件各契約はいずれも効力を有さないことになり、その結果は、次のとおりである。
(一) 原告の第一事件の1の請求(左門町の物件についての本件根抵当権設定登記①の抹消登記手続請求)について
抗弁事実(本件根抵当権設定登記の登記原因である根抵当権設定契約の成立)が認められないので、原告の請求を認容する。
(二) 被告の第二事件の請求(本件根保証に基づく保証債務の履行請求)
請求原因事実(本件根保証の成立)が認められないので、被告の請求を棄却する。
二 第一事件の2の請求(富ヶ谷の物件及び白金台の物件について、不法行為による損害賠償請求(主位的請求))について
1 被告は、原告は口頭弁論終結間際の平成一二年四月一〇日に請求を大幅に拡張したが、これは、本件訴訟を著しく遅滞させるものであるから、不適法である旨主張するが、右請求の拡張は、新たな証拠調べを必要とするものではなく、本件訴訟を遅滞させるものではないから、被告の右主張は採用しない。
2 本件各契約が効力を有さないことは、一で判示したとおりであるから、富ヶ谷の物件に設定された本件根抵当権設定登記②及び平成四年根抵当権設定登記並びに白金台の物件に設定された本件根抵当権設定登記③が登記原因のないものであることは明らかである。
3 原告は、被告が原告の代表者である二郎に対して担保提供意思を確認しなかったことをもって、不法行為を構成する過失である旨主張する。そして、被告が二郎に担保提供意思の確認をしなかったこと及び被告が開催されていない取締役会の議事録の徴求をもって原告の担供提供意思の確認ありとしていたことは、一で判示したとおりである。
4 しかし、担供提供の意思確認が不十分であったために、民法一一〇条の類推適用を判断するにあたり、被告が本件各契約書は原告の意思に基づいて真正に作成されたものであると信じたその信頼が取引上保護に値するものとは認められないからといって、それが直ちに原告に対する不法行為を構成する過失になるということはできない。
一、3、(三)で判示したとおり、本件各取締役会議事録以外の必要書類は、疑いを差し挟む余地のないものが提出されているのであり、実際に原告の取締役のうち、日本に居住していたのは花子だけであり、原告所有不動産の売却にあたっても、取締役会が開かれていたとは認められない(一、3、(六))のであるから、被告が、梅夫の説明を信用して、実際には取締役会が開かれていないとしても、原告の担保提供意思を確認する趣旨で原告作成の取締役会議事録を徴求できればよいとして、そのような処理をしたとしても、それによって原告に損害が発生することの予見可能性があるとは認められず、被告に原告に対する不法行為を構成する過失があると認めることはできない。
5 したがって、原告の被告に対する不法行為を理由とする損害賠償請求(主位的請求)は、その余の点について判断するまでもなく理由がない。
三 第一事件の3の請求(富ヶ谷の物件及び白金台の物件について、不当利得返還請求(予備的請求))について
1 被告は、予備的請求についても、請求の拡張が本件訴訟を著しく遅滞させるものであるから、不適法である旨主張するが、主位的請求と同じく、右請求の拡張は、新たな証拠調べを必要とするものではなく、本件訴訟を遅滞させるものではないから、被告の右主張は採用しない。
2 請求原因について
(一) 被告が本件代位弁済を受けたこと、富ヶ谷被告配当金及び白金台被告配当金を受領したことは当事者間に争いがない。
(二) 本件各契約が効力を有さない以上、被告は、法律上の原因なく、競売による富ヶ谷の物件及び白金台の物件の所有権喪失という原告の損失によって、右(一)の利益合計一億〇二七九万七四五六円の利得を得たものであるから、右金員について原告に対し、不当利得返還義務を負う。
なお、本件代位弁済による利得については、東京信用保証協会の被告に対する保証を原因として支払われたものと解され、原告の損失との因果関係に疑問がないわけではないが、被告は、右因果関係を争わず、本件各契約の効力が否定されれば被告は本件代位弁済金の受領権限を失う旨主張している(相殺の抗弁の(1)、(オ)、(g))ので、これも原告の損失と因果関係のある利得と認める。
(三) 原告は、被告は右不当利得について悪意の受益者である旨主張するが、これまで判示したとおり、被告は、梅夫を介して花子から提出された書類を真正に成立したものと考え、本件各契約は有効なものと信じていたのであるから、悪意の受益者と認めることはできない。
(四) したがって、被告は、右(二)の不当利得返還義務について、原告の請求により遅滞に陥るものというべきであるが、原告は、そのうち一〇〇〇万円を平成一一年四月二六日に被告に送達された同月二三日付「訴追加的変更申立書」で請求し、残額九二七九万七四五六円を平成一二年四月一一日に被告に送達された同月一〇日付「請求の趣旨拡張申立書」で請求しているので、被告は、右各金員について、それぞれ送達の日の翌日から民法所定の年五分の割合による遅延損害金を支払う義務を負う。
3 二郎の職務懈怠による損害賠償請求権との相殺の抗弁(主位的主張)について
(一) 原告は、被告の抗弁は時機に後れた攻撃防御方法であるから却下されるべきである旨主張するが、被告の抗弁は、新たな証拠調べを必要とするものではなく、本件訴訟を遅滞させるものではないから、原告の右主張は採用しない。
(二) 被告は、二郎には、原告代表者として花子が権限を濫用ないし逸脱して原告所有不動産に担保権設定等の行為を行っていないかを随時調査し、点検する義務(本件義務)があった、この確認方法として最も適切なものは不動産登記簿謄本と権利証の記載事項の調査であった旨主張するが、富ヶ谷の物件は、二郎の日本における居宅であり、そこに原告代表者の実印(代表者印)等を保管し、母親である花子にその管理を任せるのは、二郎が代表取締役に就任した後の原告の業務内容から判断して最も妥当な方法であったと考えられるし、原告の日常業務は、所有不動産の賃貸であり、特に不動産登記簿謄本や権利証を確認する必要はなかったのであるから(前提事実として認定した事実、《証拠省略》)、二郎が母親である花子を信頼して、不動産登記簿謄本や権利証を確認しなかったとしても、職務懈怠があったということはできない。
(三) したがって、二郎の職務懈怠による損害賠償請求権との相殺の抗弁(主位的主張)はその余の点について判断するまでもなく理由がない。
4 花子の使用者としての使用者責任に基づく損害賠償請求権との相殺の抗弁(予備的主張)について
(一) 原告は、予備的主張についても、被告の抗弁は時機に後れた攻撃防御方法であるから却下されるべきである旨主張するが、被告の抗弁は、新たな証拠調べを必要とするものではなく、本件訴訟を遅滞させるものではないから、原告の右主張は採用しない。
(二) 民法七一五条の被用者
先に判示したとおり、花子は、日本に居住する原告のただ一人の取締役として、富ヶ谷の物件に保管されていた原告代表者の記名印、実印(代表者印)、右実印の印鑑登録カード、銀行取引印、本件三物件の権利証等を管理しており、田村会計士は、必要に応じて花子から原告代表者の銀行取引印等の交付を受けていたし、原告がB野に賃貸していた左門町の物件の賃料は、梅夫と花子とで話し合って決め、賃料の支払も直接梅夫が花子に持参したこともあったのであるから、花子は、二郎から原告の日常業務について一定の権限、少なくとも、原告の所有不動産の賃貸について、田村会計士の業務の遂行を補助する権限を与えられていたものと認められる。
そして、花子は、取締役としての報酬は支給されていないものの、原告の社宅である富ヶ谷の物件に居住し、乃木坂の物件の売却代金の分配にもあずかっている。
民法七一五条の被用者とは、使用者の指揮・監督の下に使用者の経営する事業に従事するもので、報酬の有無を問わないものと解すべきであるから、右事実によれば、花子が原告の被用者であることは明らかである。
(三) 花子の不法行為
これまで認定した事実によれば、花子は、被告が主張するとおり、権限のないことを知りながら、原告代表者の記名印、実印(代表者印)、印鑑登録カード、本件三物件の権利証等を冒用して、本件各契約書、本件各取締役会議事録等を偽造し、本件各契約を締結したものであり(被告主張の「花子の不法行為」)、被告は、花子の不法行為を知らずに本件各奨約を締結したもので、花子の不法行為がなかったら、本件各契約は締結されず、平成元年以降のB野及びC山社に対する被告の融資(三和銀行の肩代わり分も含む。)は実行されなかったものと推認される。
そして、右(二)で認定したように、花子は、原告代表者の実印(代表者印)等の管理を任され、原告の日常業務について一定の権限を有し、かつ、その権限を行使していたのであるから、花子の不法行為は、原告の事業の執行につき行われたものというべきであるから、原告は、民法七一五条により、被告が花子の不法行為により被った損害を賠償する義務がある。
(四) 原告は、被告は、取締役会が開かれていないことを知っていたか、あるいは知り得べきであったから、被告には花子の不法行為について悪意又は重過失があるから使用者責任は成立しない旨主張し、被告は、取締役会が開かれていないことを知っていたか、あるいは知り得べきであったことは、先に判示したとおりである。
しかし、花子の不法行為についての被告の悪意・重過失の有無は、花子に本件各契約を締結する権限があるか否かの点についての被告の悪意・重過失の有無が問題になるのであり、取締役会の開催の有無は、花子の不法行為についての悪意・重過失とは直接の関係はない。そして、これまで判示したところによれば、花子に本件各契約を締結する権限があるか否かの点について被告に悪意・重過失があったとは認められない。
また、取締役会の開催の点についても、先に判示したとおり、本件各取締役会議事録以外の必要書類は、疑いを差し挟む余地のないものが提出されているのであり、実際に原告の取締役のうち、日本に居住していたのは花子だけで、原告所有不動産の売却にあたっても、取締役会が開かれていたとは認められないのであるから、被告が、梅夫の説明を信用して、実際には取締役会が開かれていないとしても、権限のある花子が承認している以上は、有効に本件各契約が成立するものと判断したとしても、無理からぬ面があるものというべきである。また、仮に原告が梅夫の説明するとおり、実質的に花子が経営している会社で、アメリカに居住する二郎も一郎も経営に関与しない形式的な代表取締役あるいは取締役にすぎなかったとしたら(本件証拠上は、これが認められないことは先に判示したとおり。)、実際には取締役会が開催されていなかったことを理由に後に本件各契約の効力を否定することは信義に反するものというべきであり、この点からも梅夫の説明を信用した被告が取締役会の開催を軽視したことには無理からぬ面があったことは否定できない。
したがって、原告の右主張は採用できない。
(五) 被告の損害
前提事実として認定した事実、《証拠省略》によれば、抗弁(1)、(オ)、(a)から(g)までの事実及び抗弁(2)、(ウ)の事実がすべて認められるので、被告が花子の不法行為により被った損害は、合計一億二二一五万七七二一円と認められる。
(六) 相殺の意思表示
被告が平成一二年六月二九日の本件第五回口頭弁論期日において、使用者責任に基づく右損害賠償請求権一億二二一五万七七二一円のうち、白金台剰余金についての損害金一九三六万〇二六五円を除いた一億〇二七九万七四五六円を自働債権として、原告主張の不当利得返還請求権と対当額で相殺する旨の意思表示をしたことは記録上明らかである。
5 過失相殺の再抗弁について
(一) これまで判示したところによると、被告は、本件各契約を締結するにあたり、原告の代表者である二郎だけでなく、花子にも担保提供意思や根保証意思の確認をしておらず、本件各取締役会が開催されていない可能性があることを知り又は知り得べきであったのに梅夫の説明を信用して本件各契約を次々と締結して貸付を継続し、その結果、前記損害を被るに至ったものである(本件各契約は、平成元年から平成四年に及ぶものであり、最初の契約で原告の意思確認をしなかったとしても、その後のいずれかの契約の時点で原告の意思確認をしていれば、損害の拡大を防げた。)から、被告の損害の発生、拡大には被告の過失も大きく寄与しているものというべきであり、その過失割合は、七割と認めるのが相当である。
(二) そこで、被告の行使している自働債権一億〇二七九万七四五六円について、七割の過失相殺をすると、残額は、三〇八三万九二三六円になる。
(三) そこで、被告の有する右三〇八三万九二三六円の損害賠償請求権と原告の有する一億〇二七九万七四五六円の不当利得返還請求権を相殺する(先に請求された一〇〇〇万円から相殺)と、相殺後の原告の不当利得返還請求権は、七一九五万八二二〇円(被告は、平成一二年四月一二日から遅滞に陥る。)となる。
四 結論
以上のとおりであるから、原告の被告に対する第一事件の請求は、左門町の物件について、建物の所有権及び土地の地上権に基づき、別紙登記目録記載の根抵当権設定登記の抹消登記手続を求める請求は理由があり、金銭請求は、不当利得返還請求権に基づき、七一九五万八二二〇円及びこれに対する平成一二年四月一二日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるが、その余は理由がない。そして、被告の原告に対する第二事件の請求は、すべて理由がない。
よって、主文のとおり判決する。
(裁判官 福田剛久)
<以下省略>